未来の話

カビの未来を予測する――AI技術がもたらす新たな可能性

日本の梅雨や夏の時期、そして密閉空間が多い現代の住環境において、カビの発生は避けられない課題です。これまで私たちは、カビが発生した「後」に対応するのが当たり前でした。しかし今、AIの力を活用し「カビが発生する前」に手を打つという、新たな時代が始まろうとしています。

カビはどこに・いつ・どのように発生するのか

私たちが開発を進めている「カビ予測AIシステム」は、以下のような情報を総合的に分析し、カビの発生を事前に予測します。

  • いつ(どの時期に)発生するか
  • どこで(地域、建物、部屋の中のどの場所に)発生するか
  • どんな種類のカビが発生するか(色・菌種)

これらは単なる「勘」ではなく、過去の気象データ、空気中の湿度や温度、通気性、材質、日照条件など、膨大な環境要因をAIが学習・解析することによって導き出されます。

原因を「見える化」し、対策を提案する

カビの種類や胞子数が分かれば、そのカビが何を原因として発生したのかを推定することができます。たとえば、

  • 結露による湿度過多
  • 換気不足
  • 建材の吸湿性
  • 人の生活動線による影響

といった具体的な要因が明らかになります。そして原因が明らかになれば、それに応じた最適な対策を講じることができ、結果としてカビ問題の根本的な解決につながります。

健康被害を事前に防ぐという視点

カビの発生リスクが高い場所を予測できるということは、健康リスクの予防にもつながります。カビの胞子は、以下のような症状を引き起こす可能性があります。

  • アレルギー性鼻炎・喘息
  • 過敏性肺炎(花粉症やハウスダストと似た症状)
  • 肌トラブル・皮膚炎
  • 高齢者や乳幼児の免疫負担

特に、赤ちゃんが生まれるご家庭や、高齢者のいる住宅では、カビの発生リスクを「事前に避ける」ことが、安心・安全な生活環境づくりに直結します。

実地の経験と研究に基づく、AI精度の進化

私はこれまで、1万件以上のカビ被害物件を直接見てきました。家に入った瞬間に「この部屋にカビが発生している」と分かり、お店に入った際にも「この状態だと、あと何日でどれほどカビが広がるか」が直感的に予測できるようになっています。

この“非言語的な感覚”こそ、カビの現場を見続けてきた経験から得た知見です。しかし私たちは、それを感覚のままにせず、数値とデータで再現可能な形へと落とし込もうとしています。そのために、当社では自ら不動産を取得し、研究施設として活用しています。

現在、群馬県伊勢崎市には6,000平米の敷地を有する「カビ対策総合研究所」を保有し、6棟の建物で日々研究を行っています。各建物内では温湿度の常時モニタリングを行い、どのような環境条件でどの種類のカビが発生するのか、実際の建物を使って検証しています。

これらのデータは、すべてAIに学習させており、システムの予測精度は日々向上しています。将来的には、戸建て・マンション・病院・ホテル・フィットネスクラブなど、さまざまな用途の物件を取得・運用しながら、実際の居住・使用環境におけるカビの発生要因を継続的に研究していく計画です。

最終的な目標は、1万件規模の物件で温湿度データロガーや浮遊菌検査を実施し、「なぜその場所でカビが発生したのか」「どんな条件が揃うとどのカビが出るのか」を地理・建材・生活動線・気象など多変量の相関からAIが読み解けるようにすることです。

また、カビと人体の健康への影響についても注目しています。たとえば、血液検査や尿検査により、カビアレルギーの有無や体内のカビ毒(マイコトキシン)を測定することが可能です。こうした人間側のデータも掛け合わせていくことで、AIの予測はさらに高度になります。

この研究が進めば、防カビ剤の開発にも革命が起きます。「どの条件にどのカビが発生するのか」が分かれば、それに対応する成分・塗布法・施工タイミングを科学的に設計できるため、本当に効く防カビ対策が可能になるのです。

共存という視点、そして私の原点

私はこれまで、父をカビが原因と考えられる病で亡くしたという個人的な経験から、この10年間、ひたすら「誰かをカビで失わないために」行動してきました。

もちろん、カビをこの世から完全に“なくす”ことはできません。しかし、カビが悪さをするのは、その菌が建物内や空間内で“成長”してしまったときなのです。成長しなければ、カビはそこに“いる”だけで、必ずしも人に害を及ぼす存在ではありません。

実際、カビは人間の生活にとって必要な面も持っています。たとえば、

  • 発酵食品や味噌・醤油の製造
  • 抗生物質(ペニシリンなど)に活用される薬用効果

こうした「カビの恩恵」は、私たちが無意識のうちに享受しているものです。

だからこそ私は、カビと“戦う”のではなく、正しく知り、共存することが大切だと考えています。そのためにも、空間内でカビを“成長”させない仕組み、すなわち予測し、未然に防ぐ技術が必要なのです。

この取り組みが広がれば、カビによる健康被害も、資産への損害も、社会的な損失も、大きく減らすことができます。私はこれからも、感情と科学の両面から、カビと人のより良い関係をつくることに全力を注いでいきます。